人生で初めて四国に降り立った。
我が家は年1回くらいのペースで家族旅行に行くのだが、ここ数年は全員の休みがなかなか合わなかったり、飼っていたペットの問題もあったりで、『関東』という分厚い鉄壁の範囲内での旅行が続いていた。(関東にも良い場所は沢山あるよだ〜い好き)
それがついに今年様々なタイミングが重なり、遂に四国旅行へ行けることになったのだ。
私は胸を躍らせた。
鉄壁の『関東』を飛び出し、『四国』という憧れの地にやっと行くことができるのだ。
そもそもなぜ今まで四国に行かなかったのか、その要因として、私自身が無事故・無違反・無運転☆でピカピカのゴールド免許を掲げていた典型的ペーパードライバーだったという点があった。色々調べた上で、やはり四国を旅行するには車が無いとなかなか厳しい……私はいつ四国に放り込まれても良いよう、今年に入ってペーパードライバー講習に3万円を投資して通い、準備を整えていた。気合いは十分だ。私の3万円も報われる。
そんな準備体操話はここまでにして、早速やっとの思いで叶った四国旅行の思い出を語っていこうと思う。
1. ドキドキ!羽田への道のり!
さて、無事に飛行機のチケットも宿も確保した私たちは四国旅行をただ楽しみに毎日を生きていた。
出発3日前の夜、母親が突然、「ねえ、駐車場の予約って、したっけ、、、??」と言い出した。
駐車場の予約ゥ?????と全員が初めて聞く日本語かのようなリアクションで首を傾けたのだが、私は そうだ、と思い出した。空港には確実に車を停められるよう駐車場を予約できるシステムがあるのだ。長らく関東から出ていなかった私達には完全に盲点だった。しかしその母の発言に父は「でもさ、、」と続けた。
「大型連休とか混雑する時期でもないから、普通に駐車できると思うけど、、」という父の楽観的供述に私は確かに〜と思った。「でも、もし満車になってたら?!どうする?!」という母の心配性反論にも私は確かに〜と思った。どちらのDNAも受け継いでる娘はこういう時まじで使い物にならない。結果的に「じゃあもう家を早く出て、確実に駐車できる時間に空港に着くようにしよう」という話になり、私達は当日朝5時に家を出ることになった。部活の朝練?
とりあえず当日は誰も寝坊せず、予定通りに家を出た。皆念願の四国旅行ということもあり、気合いは十分だった。のだが、高速道路で順調に空港への道を走っていた途中、突然雲行きが怪しくなった。
先頭の車おじいちゃんの散歩と並走してる?と疑問を抱くくらいの徐行運転になったのだ。
事故か、、、??何が起きている、、、??こんな朝っぱらから、、??と車内に緊張が走る。
調べても特に事故の情報は何も出てこず、遂に車は止まってしまった。かなり時間に余裕を持って家を出てはいたので、序盤はそこまで焦りはなかったのだが、全然前に進まない現状に、徐々に車内は不穏な空気に包まれた。途中の電光掲示板には『故障車走行中のため徐行運転中』と出ていたが、「どうなってんだよ」「故障車とりあえず高速から引き摺り降ろさなきゃじゃない、、?」「こっちは4時起きしてんだぞ、、いい加減にしろや、、」「四国様が待ってんだぞ、、、」と怒りが充満し始めた。
こうなると本当に口が悪くなるのが我が家である。四国様って何だろう?
そして30分以上のロスを食いながら少し進んだところでようやく道が流れ出し、渋滞の原因となっていた車が横目に見えた。完全に事故っていた。え?故障車走行中ではなく?事故車完全停止じゃん?という発言は心に留めたまま、その後は順調に空港までの道のりを走り、無事に駐車場にも停めることができた。これが4時起き家族の本気である。しかし4時起きからの予想外渋滞により、空港まで運転をしていた父の顔は疲労感に満ちていたので、旅行はこれからダヨ〜!!と全体のモチベを上げるなどした。末っ子にできることはこれくらいである。
2.ごめんなさい!無理です!
羽田から無事に飛び立ち、私達は松山空港に着陸。
遂にやって来たのだ、、!!四国へ、、!!
筋金入りの雨女でお馴染みの私だが、今回は筋金入りの晴れ女の2人がいるので安心だった。
案の定3日とも予報は晴れ!!!
ありがとう天気の子(母と姉)!!!!
そのままレンタカーを借りに行き、
私は意気揚々と助手席に座った。というのも、もう私はあの頃の無運転ゴールド免許ピカピカペーパードライバー女ではない!今現在私はペーパードライバー講習を受けたてホヤホヤの少しだけ運転の感覚を取り戻した女に生まれ変わった!なめるなよ!と意気込んでいたからである。右肩を回しながら「いつでも疲れたら運転変わるよ〜☆」などと父に言いながら私は後部座席ではなく助手席に腰を下ろした。最初の目的地は『四国カルスト』である。
日本のスイスとも呼ばれている山の上の絶景を目指し、我々家族は早速出発した。
音楽を流しながらの楽しい車内。着々と山道を進む車。その道のりは想像以上のものだった。道幅は基本的に狭く、車1台しか通れないような道路が随所にあり、かといって一方通行でもないため、途中目の前から丸太を積んだバカデカトラックが向かって来た時にはこちらが慎重にすれ違える道幅の場所まで後退するシーンなどもあった。そんな光景を助手席に座りながら手に汗握り締めて見ていた私は先程の自分の発言を思い出した。“疲れたら運転変わるよ〜☆” ………ごめんなさい!!!無理です!!!!運転疲れても頑張ってくれ父!!!!こんな道私ごときのひよっ子が運転しようなんてバカすぎる!!!バーカバーカ!!!と逆ギレさえしたくなるような道のりだった。先に言っておくが、この旅行中結局私が運転したのは3分程度である。逆になぜ3分だけ運転したのかはよく覚えていない。ハンドルを握った記憶だけある。もはや夢だったかもしれない。講習代の3万円が報われたと胸を張って言えるのかは聞かないでほしい。
3.四国カルスト!!!!!
山道を登り切った先にあったのは完全にスイスであった。
パスポートも持っていないしスイスに行ったこともないが多分「スイスに行ったんだ〜!」と、友達からこの四国カルストの写真を見せられたら私は1000%信じるだろうなと思う。広大な敷地に生える緑と青空に牛さまも居た。私達が会えなかっただけで多分ハイジとペーターとクララも居ただろうし、ヤギのユキちゃんも居たはず。ここはスイスだから。
言葉にするのも野暮なので写真を何枚か投下して終わりにしたいと思う。



あまりにもスイス。
〜第二章へ続く〜




